GAIA VOICE

日野雄策のコラムです
ダムは無駄ではなく危ない
「コンコルド錯誤」という言葉をご存知でしょうか。コンコルドとは英仏が共同開発した超音速旅客機のことで、それまでつぎ込んだ巨額の資金を無駄にしたくないという思いから中途撤退できず、さらに赤字を拡大させて破綻した結果を象徴的にした言葉です。意味的には、ある対象への金銭的・精神的・時間的投資をしつづけることが大きな損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、事業をやめられない状態を指します。政権交代で無駄な公共事業が中止されると言われる中、八ツ場ダムの話をはじめとし、まさに各地でこの「コンコルド錯誤」が発生しているのではないかと思います。

日本ではじめて市民運動によりダム開発を中止に追いやった徳島県の木頭村からすると、八ツ場ダムや川辺川ダムについての報道を見るたびに、複雑な思いにかられます。それまでダムに反対していた人たちが、ひとたび建設に合意した途端に、建設中止に反対を表明するこの状況はあまりにも不幸です。

ダム反対運動では先祖伝来の土地を守りたいという思いと共に、環境保護も訴えられていたはずですが、もはやそんなことはどうでもよいと言わんばかり。国の政策に翻弄されることへの憤りは理解できますが、ダムをなにがなんでも作ってくれという論には納得いきません。また、周辺流域においては治水の観点からダムが必要であるという論もありますが、これも疑問の多いところです。

コンクリートの耐用年数は約七十年。百年に一度の水害を想定して計画されるダムは、所詮砂上の楼閣です。全国で三千以上あるダムの耐用年数を思うと、身の毛がよだちます。放置すれば大災害の元となり、修復するには莫大な税金がこの先永遠に必要です。その上、ダムに堆積する土砂は予想以上で保水能力は低下し、各地のダムがその役目を失いつつあります。さらにダムが土砂をせき止めるため、海に砂が運ばれず、海岸線の砂浜も失われるというありさま。

残るはいつ壊れるか分からないコンクリートの塊と、破壊された自然だけ。投資した税金、地域住民の精神的苦痛、そして反対賛成論議に費やされた時間を惜しみダム建設を続行した場合、その先には安全管理にかかる巨額の税金と、元に戻ることのない自然と、失われた人々の心という大きな損失が待っています。

三十年の反対運動の末中止となった木頭村のダム計画。その間の住民の精神的苦痛に対して、国や県からは何の補償もありません。それでも、木頭の人々は文句も言わず、ダムの無いこの村を愛し、誇りに思っています。
| ecology | 17:31 | comments(0) | trackbacks(0) |









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