GAIA VOICE

日野雄策のコラムです
テレビの危うさ
最近テレビをつけると、どのチャンネルも同じ内容ばかりのような気がします。ニュースはワイドショー化して興味本位に同じ事件報道を繰り返し、バラエティ番組ではお笑いタレントが他愛ない内容で時間を浪費し、ドラマは都市を舞台にした浮ついたストーリーや定番の時代劇。所詮テレビと言ってしまえばそうなのですが、そのテレビによって多くの人々の意識が左右される現実を見ると、その存在に不安を感じざるをえません。

民放はコマーシャル収入によって番組を制作しています。それゆえ、民放において番組はコマーシャルのついでに作られている「おまけ」です。そのおまけに魅かれて視聴者はチャンネルを決め、そこで流されるCMが視聴者の無意識に侵入し、消費につながるという優れた情報戦略によって作られています。全国レベルのテレビコマーシャルは億単位で、よく目にするスポンサーの中には、総売上の六割以上を広告宣伝費にかけているところもあるほど。特に大量生産の食品業界では、販売されている商品の原料よりも、宣伝費に経費をかけるというのが当たり前。まさに消費者は宣伝を食べたり飲んだりしていると言っても過言ではありません。

スポンサーがいる限り、テレビはスポンサーを批判するような内容は自主規制します。そして、視聴者が興味を持つものに飛びつきます。悲しいかな、大衆は人のうわさや悪口、衝撃的な内容や秘密めいたことに関心が高く、必然テレビも大衆に迎合した内容になりがちです。そんなテレビによって大衆はさらに左右され、社会はテレビによって動かされているとさえ感じます。また、国営放送であるNHKについては、時の政府や行政による干渉も否定できません。 

テレビというメディアは高価な機材を必要とし、法律の規制の中にあるため、資本力と政治力によって存在しています。それだけに、スポンサーや政府に不都合な真実や、草の根の情報は、既存のテレビでは報道されません。例えば、欧米では五十種以下に規制されている食品添加物が、日本では千五百種以上流通していることや、そのほとんどが企業の自主規制というとんでもない話など一切報じられないため、多くの人は添加物に何の懸念も抱きません。また、原発の危険性は制御できるかのような報道ばかりで、事故の危険性や核廃棄物の処理法が確立できていないことなど触れることもありません。ゴシップやお笑いで人々の目をくらませ、真実にふたをするテレビやマスコミの危うさは、その仕組みの裏を見ようとしない視聴者がいるからではないでしょうか。
| political | 17:30 | comments(0) | trackbacks(0) |









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