2008.12.13 Saturday
言葉の大切さ
この国の代表ともいえる総理大臣が、漢字の読み違えや失言の連続。そんな人を選んだ覚えがないと言っても、この国の民主主義制度にのっとって選ばれた人物だけに、はがゆいやら恥ずかしいやら。漫画しか読まないという人物だけに、しかたないかと苦笑しますが、彼の言動が海外に翻訳されるとき、ことは苦笑いでは済まされないと思います。「頻繁(ひんぱん)な交流」を「煩雑(はんざつ)な交流」と訳されたら、相手国は今後交流などしないと怒り出すのではないかとひやひやです。
そんなおばかな総理大臣の目玉政策が、国民全員に支給するという「給付金」。しかし、そのお金も、もとは国民の税金です。なのに、あたかも自分のお金をばらまくと言わんばかりの言い草に、腹がたちます。あえて言うなら「税金の還付金」でしょう。言葉も間違いなら、その政策が何のためなのか、理解に苦しみます。また、もらえるものはもらいたいという庶民の気持ちもわかりますが、もとは自分たちの出した税金だという認識が欠如していませんか。「首相はその国の民度を示す」という定説がありますが、まさに日本国民全員が問われているのだと思います。そんな人物を政治家としてのさばらせている自分たちのレベルの低さに反省し、もっと怒るべきでしょう。 国の代表が言葉の大切さを理解していないことも深刻ですが、若者のコミュニケーション障害も深刻です。あいさつができない、ありがとうが言えない、ごめんなさいが言えない・・・。など、人としての基本である言葉の崩壊は、文化の崩壊であり、社会の崩壊につながります。でも、木頭では道で子供たちと出会うと必ず「おはようございます」「こんにちは」の言葉があり、心を和ませてくれます。そんな田舎ではあたりまえの光景が、都会にはありません。その代わりに、ネットを中心とした孤独な独り言が氾濫しています。文明と引き換えに言葉を失ってしまうことは、とても恐ろしいことです。 ハワイ原住民のヒーリング(癒し)に「ホ・オポノポノ(オポノオポノ)」というものがあります。これは「ありがとう」「ごめんなさい」「愛しています」を繰り返し声にすることで、心が開かれ、さまざまな病気が改善に向かうというものです。かの総理大臣にも、まず国民に「税金を納めてくれてありがとう」、「失言をしてごめんなさい」と言ってほしいものです。 |